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インド紀行


2月10日 / 11日 / 12日 / 13日 / 14日 / 15日 / 16日 / 17日 / 18日 / 19日〜20日


2月17日(木)
 朝から念願の一つ「ヘナ」に挑戦。日本では髪を染めるための染料として輸入されているものが多いが、手に絵を描くのもこれ。植物性の染料で、腕に描くと数日間残るらしい。デザイン帳の中から適当なのを選んで描いてもらうことにしたが、どれもこれも細かいデザインで悩む悩む。うーん、仕事さえなければあれこれいっぱい描いてもらいたいんだけどなあ…。悩んだ末に花をメインにしたデザインを選び、パラフィン紙に染料を入れたチョコペンのようなもので描いてもらう。ヘナ独特の匂いがするが、嫌な匂いではない。しばらく放っておくとヘナが乾燥してポロポロ落ち、残ったものは茶色の絵。眺めてうっとり。他にも描いた人がいたので、完成したのを見せ合った。ひじから下に描いてもらったほうが綺麗に絵が残るということをそのとき知る。

 その後は二度目の城下町お買い物ツアー。昨日行ったから今度は歩いていける。今回も自分の収穫はほとんどなく、他人の買い物を眺めていたような気がする。そしてそれを待ちながら近所の商店に入る。お菓子を買おうと思ったのだが、店の中にいろいろあってつい見回してしまったら店の人に「何が欲しいんだ」と聞かれてしまった。チョコレートが欲しいと自分では言ったつもりなのだが、結果出てきたのは「イチゴ味のソフトキャンディにチョコレートが入ったもの」だった。まあチョコが入っているから話は通じたのだろう。ちなみに1個1ルピー(2.5円)。アジアお菓子は味が極端、言い換えれば味が濃いものが多いのでちょっとドキドキしていたが、案外普通の味で食べやすかった。

 それからいよいよインド旅行後半の目玉、サファリツアーへ。車で砂漠に向かうのだが、途中でちょっとラクダに乗り換える。ラクダはこっちが乗りやすいように座ってくれるのだが、それでも位置が高いので乗るのが大変。勢いつけてジャンプしてまたがらないといい位置に座れない。しかしそれを乗りこえて無事にラクダが立ち上がると、気持ちだけはラクダを乗りこなすカッコイイ砂漠の民に早がわり。調子に乗ってラクダを走らせてもらったりして、本当に気持ちよかった!降りるときは四段階でラクダが座るが、一段階ごとにガクッと来るのでこれまた大変。ちなみにこのラクダの中の一頭がその名を「マイケルジャクソン」というそうだ。ラクダ引きの男の子がそう言っていた。

 ラクダに乗ってテントに到着。砂漠でテント、というと一体どんな所だ!と思うかもしれないが、行って見ると大きくてきちんとしたテントがいくつも並んで一つの区画をつくっていた。よく見ると他にもそうしたテント区画が。どうやらここはサファリツアー用に幾つかこうしたエリアを設けているらしい。この区画は布製の壁で囲まれていて、中に入るときにはチョークで額に赤いしるしを付けてくれる女性と、太鼓の演奏をする男性とがお出迎えしてくれた。テントの中はベッドが二つ、イス二つと小さいテーブル、さらにもう一部屋あってそこがトイレとシャワー。水が出なくて使えないのはもはや当然のことなのでいまさら驚かないが、テントに水洗トイレとシャワーがついていることは驚きに値する。しかもベッドが大きいよ、と思ったが単に日本人サイズから考えると大きいだけで、ひょっとしたらこれじゃ小さいと思う人もいるかも。

 夜はキャンプファイヤー。伝統の踊りや音楽が次々に披露され、ついでに一緒になって踊ってみたりして。アルコールも入ってるからかなり盛り上がってたのだけれど、この頃からちょっと寒いなぁ、と思い始める。寒さはだんだん厳しくなり、着ているものを総動員して毛布かぶっても寝られず、夜中二時半頃。毛布を何とかして入手しないとこの状態には耐えられない、と意を決してテントの外へ。幸いさっきのキャンプファイヤーの後に火が残っている、人がいる!近くまで行くと老人が一人火の番をしている。とりあえず毛布が欲しいんだけど、と言ってみたが相手はきょとんとしている。英語しゃべれますか?と聞いてみたが、どうやらそれが何を言っているかすら分からないらしい。日本語を知らない人に日本語で質問しても、質問の内容そのものが分からないから答えようがないのと同じである。と冷静に分析している場合ではない、この場をどうやって切り抜けようかと悩んでいるとその老人、座っているクッションの横を指差した。きっと座れとジェスチャーしたのだと勝手に信じて座ってみると、燃料を増やしてくれるし毛布は掛けてくれるし、親切にしてくれる。ちょっと気持ちが落ち着いて上を見上げたら、月が沈んだおかげで文字通り満天の星空。この状態ならここで徹夜しても良いやと思った所にこの老人の相棒らしき男性が登場。二人でごちゃごちゃ話していると相棒は再び去って行き、代わりにハジさんが現れた。どうやらわざわざ呼んでくれたらしい。やっと目的の毛布を手に入れて無事安眠。わずか三十分程度の出来事ではあったけれど、実はインド旅行最大の思い出がこの三十分かもしれない。

2月18日(金)
 朝ごはん、宿泊テントとは別にある食堂専用テントで食べる。ここでもインドホテル式朝ごはん。そして残ったパンをゲットしにスズメのような鳥が数羽やってくる。しかもしっかり食べているのだが、誰も追い払わない。やはりインドは寛大だ。

 テントを後にする前に、ふと足元を見ると白く小さい巻貝が落ちている。砂漠の真ん中で貝?と思ってマタールさんに尋ねると、このあたりは昔海だったので、その名残だということを教えてくれた。目を凝らすと結構落ちていたので、お土産代わりに幾つか拾って帰る。帰りながら見たものいろいろ。このあたりにはインドとパキスタンが戦争したときの痕跡が残っている。言い忘れたがジャイサルメールはパキスタンとの国境が近いのだ。塹壕の跡はあるし見張り台はまだ残されているし、「BSF(国境警備軍の略称)」のマークがついた軍用ラクダがあちこち走っているし。一応現在は休戦しているが、火種はまだ残っているようだし…。途中でマハラジャの墓地に立ち寄ったり、ジャイサルメール州の刑務所などというものを通り過ぎたりしつつヘナホテルまで戻る。

 そして今日もまた買い物へ。よく考えたらお土産を一つも買ってない自分に焦り、さすがに普段お世話になってる人には何か買わなきゃなあ、とちょっと真剣に探す。その中で見つけたものがハブルストーン。14日に見た、妙な模様の入った茶色っぽい石である。ここでしか採れない、と店の人も言っていた。何でも幸運を呼び込むものらしい。そして妙な模様の正体、帰国後に判明したのだが二枚貝の化石だったのだ。よく見ると貝のギザギザ模様がわかる。やはりこのあたりが昔海だった、という証拠の石でもあるわけだ。感動したので友達向けに購入。ちなみにこの街中で多いのは銀細工の店とラクダ革製品の店。その間を縫って紅茶の店を探し、自分用とお土産用に購入。

 そんなことをしているうちに、あっという間に夕方。インドでみる最後の夕日をヘナホテルの屋上から。そうしたら従業員の一人が屋上にやってきて(どうやら行方不明にならないよう、常にメンバーの所在を確認するようにしていたらしい)話しかけてきた。インドは楽しかったしまた来たい、と正直に言っておいた。

2月19日(土)〜20日(日)
 とうとう帰国の途につく日がやってきた。10日間というと長い気がするが、最後の三日間はあっという間に過ぎていった気がして仕方がない。まずはジュダプールまで車で大移動。直線道路を疾走…いやむしろ暴走する車にも、突然道路を横断する人と動物にもすっかり慣れた。こんな景色も見納めかと思うとしみじみ見つめてしまう。そんな中でハジさん、いつもに比べて口数が極端に少ない。元気がない。大丈夫?と聞くのもはばかられるような雰囲気…。ジュダプールからは国内線でデリーに移動。この時点でナンガさんとお別れ。このとき、ハジさんの異変の理由が分かった。お別れしたくないからだったのだ。本当はナンガさんがデリーまで着いて来て、ハジさんがジュダプールでお別れするはずだったのが、急遽逆になっていたのである。最初から最後までずっと一緒にいたのだから、別れ難いのもごもっとも。デリーでのお別れのときはもうハジさんが泣いてしまっていて大変だった。

 ちょっと後ろ髪を引かれながらも、大量の思い出と共に成田行きの飛行機へ。そして一晩越えて20日の朝、成田空港へ無事到着。こうしてインド旅行は幕を閉じる。

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ボンベイパレス(板橋店)
東京都板橋区板橋3-27-3 / 電話 03-6781-3300